2025年春、NPO法人電線のない街づくり支援ネットワークでインターンをしている大学生の福本です。
今回、インターン担当の塚田さんと相談して災害が起きたときの緊急医療が無電柱化とどれだけ関係するのかを調べてみることにしました。
医療機関への無電柱化アンケート調査
災害が起きたときの緊急医療が無電柱化とどれだけ関係するのかの調査の主旨にのっとり、「災害拠点病院」を重点に、アンケート調査を実施することにいたしました。
◆問い合わせ内容◆
1.実際に、停電が発生したことはありますか。また、その際に困った経験をしたことがありますか(複数挙げて頂いてもかまいません)。
2-1.地震などの緊急時を想定して、施設周辺の道路設備は、無電柱化(電柱・電線の無い歩行空間など)されていますか。
2-2.さらに、ある程度そのような空間が整っていた方が迅速な対応が出来ると思いますか。
3.その他、無電柱化に関してのご意見がございましたら、ご回答お願いします。
◆調査対象機関◆
- 災害拠点病院776病院(基幹災害拠点病院63病院、地域災害拠点病院713病院)
- 調査対象機関の数が多いのと、日頃、無電柱化とは関連のない医療機関での問い合わせなので、過去に地震や台風で被害を受けた地域の病院に絞ってホームページの問い合わせフォームを探して問い合わせ — 全251件(北海道34、宮城16、福島12、東京83、千葉27、石川11、大阪18、兵庫19、熊本15、沖縄13)
※問い合わせ先が見つからない場合も多かった。問い合わせできたのが251件中64件にとどまる。
◆調査にあたって◆
- 調査をするにあたって、NPO顧問の琉球大学准教授の神谷先生に事前にご意見をうかがってみました。
- アドバイスの一部を紹介させていただくと
➾ 医療機関で、停電時の電力体制を把握しているひとが限られていること
➾ 上に派生して、医療機関内は様々な組織で構成されているので、回答するひとによって意見が分かれてしまう場合があること
➾ 停電との関係で病院かもしれませんが、救助等の関係で無電柱化を議論するのであれば、消防のほうが適切かもしれない。
◆回答結果と回答内容◆
回答件数は数件にとどまってしまいました。回収率が低くなることは予想していましたが、懸念点がそのままかたちとなってあらわれてしまいました。
【千葉県の病院】
<問い合わせ内容1.(停電の発生状況)の回答>
瞬時電圧低下や再送電成功の停電(数秒程度の停電)は、年に1~2回程度発生します。5分以上の長時間の停電については、当院の受電系統の特性上10年以上発生していません。
瞬時電圧低下等であっても医療機器・空調や画像装置などの再立ち上げがあるため関係する機器を使用している治療などが一時停止します。当院は停電していないのですが、地域内の透析医療機関が停電になると診療停止になります。そのため、診療停止をしている複数の透析医療機関の透析患者を当院で臨時透析対応をおこなうことがあります。
また、令和元年房総半島台風では、高齢者・障害者施設で停電の影響による熱中症で病態悪化が増え、その予防措置で難渋しました。
<問い合わせ内容2-1.(周辺設備の状況)の回答>
病院南側にある国道については地中化済み、北側道路は電柱あり。地震についてだけ考えればそう思うが、街灯、樹木等あるのでそちらの対応も必要ではないかと思う。地震発生後、(外来患者等の)指定避難所への避難では無電柱化している方が、避難時の障害物が減ると思います。令和元年房総半島台風のような強風に対しては電柱の倒壊が複数の場所で起きていたので有効であると思います。(特に救急搬送では)
<問い合わせ内容3.(その他意見)の回答>
無電柱化に関しては、良い面もあるとは思いますが、故障個所の発見の難しさや復旧に時間がかかる、敷設費や点検維持費が高い、費用はどこが負担する?結果電気代が上がるなどの問題点も多くあると思っています。地震発生時での液状化リスクの高いエリア(住宅地)が地域内にあるが、地中化した場合での液状化対策などが気になります。
【東京都の病院】
<問い合わせ内容1.(停電の発生状況)の回答>
瞬間停電のみ発生しました。電子カルテやMRIなど、機器が止まりました。特にMRIなどの機器は復旧に時間がかかりました。
<問い合わせ内容2-1.(周辺設備の状況)の回答>
無電柱化されておらず、台風の際に障害物で電線が遮断された場合や車の事故で電柱が倒れた場合など、停電のリスクがあるため無電柱化を希望します。
<問い合わせ内容3.(その他意見)の回答>
お金がかかるので、どこが負担するかが課題になると思いますが、災害拠点病院のリスクとしては電柱がなくなると、かなり少なくなると思いますので、国や自治体として予算を取ってもらいたいです
【兵庫県の病院】
<問い合わせ内容1.(停電の発生状況)の回答>
なし
<問い合わせ内容2-1.(周辺設備の状況)の回答>
されている
<問い合わせ内容2-2.(周辺設備の状況)の回答>
わからない
<問い合わせ内容3.(その他意見)の回答>
特にない
◆調査結果を受けて◆
【インターン生福本】
問い合わせの回答の件数が少なくて、無電柱化の是非をここで述べるのは難しいですが、概ね無電柱化には賛成いただきながらも、今すぐ無電柱化という状況に至っていない感じがしました。
とりあえず医療機関へ問い合わせをしてみたものの、回答をいただくことの難しさを痛感しました。
仮に電話で問い合わせたとしても、趣旨を伝えることが難しいと思うので、他に有効な問い合わせの手段が無いのか探りたいと感じました。
【塚田】
今回の医療機関への問い合わせの意図としては、無電柱化の推進に関して、少し視野を広げて取材してみようという面もありました。
私たちが知らないことも色々教えて下さり、ご回答いただいた皆様には感謝申し上げます。
無電柱化を進めるにはまだまだ課題は多いですが、防災面での有効性にご理解いただけたらと思います。
無電柱化は、ドクターヘリの出動をスムーズにさせるのか!?
こちらの取材にご対応いただいたのは、認定NPO法人 救急ヘリ病院ネットワーク HEM-Netさまです。以下、いただいた回答の紹介と、私(学生福本)や塚田の感想・見解を記させていただきます。
HEM-Net>
今回の質問に関しては、現役のフライトドクターにご回答いただいています。
ただ私見になりますが、HEM-Netとしては、無電柱化・無電線化に積極的に関与(賛成・反対)する立場にはないことをご理解いただければと思います。
とりまとめは事務局の足立様がされています。
(あくまで参考意見を差し上げたということに留めていただければと思います)
第24回救急・災害医療提供体制等の在り方に関する検討会「ドクターヘリの現状と課題について(R4.6.4)より
https://www.mhlw.go.jp/content/10802000/000788074.pdf
※現在、日本航空医療学会がインシデント報告も含めて上記登録データの集計を行っている。
【質問1】
緊急時のドクターヘリについて、離着陸の際、電柱・電線の存在が、救助の支障につながり出動要請に応じることが出来ないケースなどはあるのでしょうか?また、出動要請に応じることは出来るが、電線・電柱が無ければ、より迅速な対応が出来たと感じたことはありますか?
HEM-Net>
ドクターヘリの出動は、一般的に消防からの要請で出動することになり、出動したドクターヘリは消防(主に救急車)とのランデブーポイントで傷病者を引き継ぎ、迅速に病院へ搬送します。
ランデブーポイントは地域の事情によって異なりますが、多くはあらかじめ安全に離着陸できることが確認された「場外離着陸場」に指定されています。
道路沿いに設置されている電柱・電線が障害となってランデブーポイントが指定できないことはあるでしょうが、その頻度はわかりません。
電柱レベルの低電圧送電線(以下電線)も障害になりますが、現場そばへの着陸で最も注意しなくてはならないのは、高圧送電線と高い鉄塔です。
郊外では電線よりも注意しなくてはなりませんし、そのために現場のすぐ近くに着陸できないこともあります。ただし、着陸に適さない場所は送電線だけの問題ではありません。
南房総には安全に着陸できる250あまりのランデブーポイントが指定されていますので、活動への支障になったことはありません。
よく、電線の問題が言われますが、都会においてはランデブーポイントが少なく、ランデブーポイント以外の現場のすぐ近くにも着陸できないことが予測されます。
一方、電線が地中にあり、電柱のないロンドンではランデブーポイントは設定されておらず、着陸から事故現場まで、平均100m以内に着陸できると報告されています。電線がない街は空も広く見えるので、景観が良いと思います。特に市街地や歴史的な町並は電線がないと思います。
また、災害地へ何度か出動した経験から考えると、電柱や電線はないに越したことはありません。しかし、ドクターヘリの着陸場所を作ることの費用対効果はあまり大きくありません。さらに地震や津波の多い日本において地中の電線が破壊されると、復興まで相当な時間と労力がかかることが予測されます。電柱・電線ならば、すぐに復興できますので、ドクターヘリの着陸場所をつくるための無電柱化は一部の地域に限られると思います。
インターン生福本>
お忙しい中、丁寧なご回答を頂き、感謝いたします!ご回答を最初読んだ時にドクターヘリにおけるランデブーポイントの重要性が強く伝わりました。
私は当初、「ドクターヘリの離着陸と無電柱化は、あまり関係ないのでは」と考えていましたが、確かに現状では、街中での離着陸の際、電柱・電線は、あまり支障はないことがわかりました。
また逆に、山間部の鉄塔や電線(高圧電線)の危険性のほうが高いことに気づきました。
塚田>
ドクターヘリと無電柱化を語る場合、ロンドンのドクターヘリが有名ですが、ご説明を加えていただいていたのはありがたいです。
https://kokugen19.holy.jp/gendai/londonhems3.html
「地震の多い日本において地中の電線が破壊されると復興まで相当な時間と労力がかかることが予想される」という見解は理解できます。
無電柱化が進んでいるイギリスやフランス、さらにニューヨークのマンハッタンでは、地質学上、岩盤が強固で地震は起こらないと言われています。
無電柱化が進んでいない、しかも地震が多い日本において、しっかり検証もしていかないといけませんが、地中に埋設されている電線や通信ケーブルは、管路の中に入れられていて、容易に断線しないようにはできています(被災率は低いといえます)。
ただ、メインの管はそんなに断線しなくても、各家庭や建物に引き込む線が断線してしまう恐れがあったり、メインの通りや緊急輸送道路以外では、架空線で占められている日本で、実際、無電柱化が普及すると、予想もしない支障が起こる可能性があることは否定できません。地震の多い台湾や、火山国で地震も多いイタリアや、インドネシア(近年無電柱化を進めている)でも無電柱化が進められていることを考えると、日本ではそれが当てはまるのか、その点、確認したいと思います。
※p.7➾「無電柱化された電線類の復旧は大丈夫か?」
【質問2-1】 航空法第79条に「離着陸の際は、国土交通省の許可を受けた場所」とありますが、定められた特定の場所はかなり限定された箇所になるのでしょうか?
HEM-Net>
👇以下の赤字で示したところがドクターヘリにあたりますので、限定されません。
(飛行の禁止区域)
第八十条 航空機は、国土交通省令で定める航空機の飛行に関し危険を生ずるおそれがある区域の上空を飛行してはならない。但し、国土交通大臣の許可を受けた場合は、この限りでない。
(最低安全高度)
第八十一条 航空機は、離陸又は着陸を行う場合を除いて、地上又は水上の人又は物件の安全及び航空機の安全を考慮して国土交通省令で定める高度以下の高度で飛行してはならない。但し、国土交通大臣の許可を受けた場合は、この限りでない。
(捜索又は救助のための特例)
第八十一条の二 前三条の規定は、国土交通省令で定める航空機が航空機の事故、海難その他の事故に際し捜索又は救助のために行なう航行については、適用しない。
第百七十六条 法第八十一条の二の国土交通省令で定める航空機は、次のとおりとする。
一 国土交通省、防衛省、警察庁、都道府県警察又は地方公共団体の消防機関の使用する航空機であって捜索又は救助を任務とするもの
二 前号に掲げる機関の依頼又は通報により捜索又は救助を行なう航空機
三 救急医療用ヘリコプターを用いた救急医療の確保に関する特別措置法(平成十九年法律第百三号)第五条第一項に規定する病院の使用する救急医療用ヘリコプター(同法第二条に規定する救急医療用ヘリコプターをいう。)で救助を業務とするもの
【質問2-2】
さらに、その場所は電柱・電線がある場所も含まれているのでしょうか?
HEM-Net>
電柱・電線があるないに関わらず、着陸場所の最終判断は機長にあります。機長が危ないと判断すれば、着陸しません。
塚田>
こちらの2件の質問によるご回答、大変よくわかりました。ありがとうございます。
【追加質問1】
ドクターヘリによる年間搬送件数は、ランデブーポイントの増加が影響しているのでしょうか?
HEM-Net>
その影響はないと思います。
現在、年間救急車搬送台数の増加は著しいですが、ドクターヘリ搬送件数が頭うちになっています。
これはドクターヘリで運ぶべき重症患者を選別できるようになったからだと思います。どこの施設もドクターヘリの運用を始めたときは言葉が悪いですが、練習のために、重症度のハードルを下げて対応し、出動回数を増やし、よりスムーズに対応できるよう実働を重ねてきました。
そしてある程度、出動を積み重ねるうちに、ドクターヘリでなければ、対応できないような状況が明確になり、出動件数は減ってきます。
同時に数多く指定されていたランデブーポイントも使い易さ(広さや敷地の状態)や出動件数の多い地域によって、使用する場所が限られ、むしろ、減ってきていると思います。重要なことは使用の多いランブーポイントを常時、安全に使用できるようにすることです。
使用しようとしたら、草茫々だったことも少なからずあります。
【追加質問2】
また、ランデブーポイントを増やすために、電線・電柱・送電線(高圧線)などの障害物が無い方が、良いと思われますか?
HEM-Net>
ランブーポイントにはある程度の広さが必要ですので、その敷地に電線がかかっていると問題にはなります。
しかし、ランデブーポイントに指定されている場所の多くは学校の校庭、野球場、競技場などの運動場、公園ですので、そこには障害物はほぼありません。たまに小さな公園の脇を高圧電線が走っていることはあります。
ゴルフ場にも出動することがありますが、最近はフェアウェイにも着陸させてくれるので、傷病者により早く接触できます。もちろん、そこには電線はありません。
ドクターヘリはおおよそ300mくらいの高度で飛びますが、高さがせいぜい50mくらいしかない高圧線でも通過するときは注意を払って飛行します。
無いに越したことはありませんが、ないと市民は困るでしょう。私にとってドクターヘリは救急事案に対応する大事な手段ですが、市民にとって何を第一に考えるかです。
インターン生福本>
多忙な中、2回目の質問にも丁寧にお答えを頂き、ありがとうございました。
いただいた回答から、重症度に応じて、最適な搬送手段を常に検討されていること、ランデブーポイントの安全性や使い易さなどを見極めながら運営されていること、それによって出動数やランデブーポイントが絞り込まれてきていることがよくわかりました。
学校の校庭、野球場、競技場はもとよりゴルフ場のフェアウェイなども着陸地点を利用しておられるなど、興味深いお話をうかがうことができて勉強になりました。
塚田>
ドクターヘリの着陸と電線との関係性にも言及いただき、ありがとうございます。大変参考になりました。
無電柱化された電線類の復旧は大丈夫か?
災害における無電柱化の復旧状況を架空線と比較できないか検討してみましたが、実際、災害の規模や災害箇所で様々なケースがあり、一概にこれだという確定ができないということがわかりました(電線共同溝の場合、通信ケーブルも入線していることも考慮に入れないといけません。もちろん架空線における電柱にも通信ケーブルが共用しているケースが多いですが)。
その中で、目安となる、公開されている資料を探しましたので紹介させていただきます。
【参考資料】
「電力レジリエンス強化の観点からの無電柱化の推進について」2021年5月25日資源エネルギー庁
無電柱化に係る課題
・無電柱化は、飛来物等によって電柱が倒壊する被害が小さくなるという利点があることから、電力の安定供給というエネルギー政策上の観点からも推進することが重要。
・他方、無電柱化に必要となる設備は架空方式に比べて設置費用が高く、復旧には架空線と比較して約2倍の時間を要するといった課題が存在。
送配電網協議会調べ。被害状況や作業環境、機器の在庫有無等の諸条件により復旧時間は前後する。
送配電網協議会資料による。
「電力レジリエンス強化の観点からの無電柱化の推進について」2021年5月25日 資源エネルギー庁
https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/denryoku_gas/denryoku_gas/pdf/035_04_00.pdf