地中ケーブルが故障したとき電気事業者たちはどうやって点検すればいいのでしょうか。
この記事は以前アップロードした”Fault Analysis In Underground Cables”の和訳記事の解説を行っていきたいと思います。初心者の方でも分かり易いように努めますが、分かりにくい部分がありましたら質問いただけると助かります。
はじめに
まず初めに、カリフォルニア州を含めたアメリカ西海岸全体で100,000マイル(~16万km)以上の地中ケーブルが敷設されています。ですから古くなった地中ケーブルがアメリカ中に存在します。しかし全ての地中埋設ケーブルを交換するのは経済的に不可能(“Infeasible”)であるとされていますので、どのケーブルをどれだけ交換すればいいかを診断する技術が求められています。
この状況は世界中で深刻な問題となりつつあります。特にロンドンやパリなど戦後にケーブルを埋設してからかなりの時間が経ち、ケーブルの劣化によって停電を引き起こしています。
一方で地中のケーブルを掘削せずに診断するのはほとんど不可能だと考えられていました。現状でも有効な方法が確立しているわけではありません。世界中の電気事業者としても敷設はできるがメンテナンスできない手法を積極的に使いたがらないのも、立場を考えれば理解できない話ではありません。
そこでカリフォルニアエネルギー委員会はケーブルの欠陥を何とか掘削せずに把握する研究を行いました。その最終報告書が”Fault Analysis In Underground”というわけです。
このレポートは大まかに3つの内容に分かれています。
・ケーブルに発生する亀裂の一種である「水トリー」がどのようにして発生するか?
・ケーブルの「同心中性線」を通電したまま故障がないか点検する方法。
・ケーブルの「絶縁体」を通電したまま故障がないか点検する方法。
以上の3つについて詳しく書かれています。
この中で「同心中性線」の故障検出について、日本ではこの同心中性線を用いた配電方式が使用されていません。したがって、それについて詳しく論じても日本ではあまり意味をもちません。よってこの解説記事内では割愛させていただきます。
ケーブルの構造について
まずはケーブルの構造について知らなければ何も始まりません。アメリカで最も代表的な地中配電ケーブルの構造を図1に示します。(1)~(6)の場所についてそれぞれ説明していきます。
(1)中心導体:アルミニウムや銅で作られた金属の塊。電気を運んでいるのはこの部分です。
(2)内部半導電層:滑らかなプラスチックで作られています。(1)と(3)とを密着させ隙間を開けないようにする働きがあります。
(3)絶縁体:ポリエチレンという物質の中でも優れた性質を持つ架橋ポリエチレンなどで作られています。絶縁体は電気を通しにくいという性質を持っている為、(1)のカバーとして電線の安全性と耐久性を高める最も重要な部品の一つです。これが傷つくと電気を流す効率が低下し、事故の原因となります。
(4)外部半導電層:(3)と(6)との間を密着させて隙間を開けないようにする働きがあります。
(5)同心中性線(Concentric Neutral):アメリカ等で広く使われているTN接地方式のための部品。ここは日本語の記事なので詳しくは割愛させていただきます。
(6)ケーブルシース:主にプラスチックで作られています。(1)~(5)までを外側の環境(水分や油分等)から保護するために施されています。
ここまでケーブルの構造について詳しく見てきました。地中に設置する電気のケーブルには様々なパーツから成り立っていることが分かりました。しかし専門用語が多いので分かり易いように人体や家などを交えて説明してみます。
まず(1)である中心導体はケーブルの最も根幹となる部分なので骨格として良いでしょう。次に(2)~(4)はプラスチック製の製品で、(3)がケーブルとして成り立つために最も重要な「絶縁体」、(2)と(4)がそれぞれを繋ぐ接着剤となっていました。したがって人体を成り立たせる内臓を「絶縁体」、それらを円滑に機能させるための皮膚や筋肉が(2)と(4)であるといえるでしょう。(5)は日本では使われていないので無視するとして、(6)は自然環境からケーブル自身を保護するものでした。したがって(6)は雨露をしのぐ家のようです。このようにして考えるとケーブルが家の中にいる人のようなイメージ(図2)のようなイメージになることが分かります。
このように説明すれば専門用語を避けられるので、少しは分かり易くなったのではないでしょうか。
「絶縁体」の故障の原因
先ほど説明した絶縁体(人体でいう内臓の部分)はかなり丈夫なプラスチックで作られています。しかしどんな材質を使おうと必ず劣化するときが来ます。通常の地中配電ケーブルの目安耐用年数は20~30年とされていますが、それが様々な原因によって予定よりも早く寿命が尽きてしまいます。
「様々な原因」と書きましたが、多様な原因によってある一つの現象に結びつきます。それこそが「水トリー現象」です。簡単に言えば、絶縁体に入った水分や異物が長い年月をかけて木のような亀裂(図3)を作って、絶縁体の「電気を通しにくい」という性質を無くしてしまいます。
水トリー現象が発生・成長する原因について詳しくは割愛させていただきます。元の論文では次の内どれかである可能性が高いと結論付けられていました。
・化学的な効果によって絶縁体と不純物が反応する。
・電気的な力を受け続けることによって材質が披露する。
・上記二つの両方
これらについて実験で得られた結果から人工的に水トリー現象を引き起こす実験を行いますが、失敗に終わります。人工的に水トリーを発生できればさらなる研究が可能ですが、まだまだ私たちにも未知な部分が多いようです。和訳記事にもたっぷりと説明が記載されていますので、興味のある方はそちらを見ていただければと思います。
絶縁体の点検
さて、いったん電気を通しにくいという性質を無くしてしまった絶縁体を元に戻す方法はありません。よってケーブルそのものを交換する必要があります。しかし先に説明したケーブルの構造から分かるように絶縁体の亀裂は外側から見えません。人間に言い換えても、外見では健康そのものなのに内臓が弱っているという状況はよくあります。
したがって患部を正確に見つけて摘出手術を行う必要があります。ここで問題となるのはケーブルを点検しなければならない人の側です。一般的に電気事業者と呼ばれる会社が利益を確保するためにできるだけメンテナンスのコストを下げたいと考えるのが普通です。ですが、地中に埋まっているケーブルの点検を行うには以下の図4のような工程が必要です。
日本ならそこまで地中化が普及していませんので何とかなっているかもしれませんが、欧米圏のように都市のほとんどが地中化されているような場所ですべてのケーブルを対象に図4のような工程を行えばどんな電気事業者でも恐らくかかる費用に耐えきれず破産するでしょう。例えばアメリカではケーブルの交換1㎞あたり10万ドル(約1000万円)必要だと見積もられています。
したがって地中に埋まっているケーブルを掘り起こさずに点検する手法を開発することで、将来的に莫大な経費を削減できます。人間がレントゲン撮影やMRIなどで人体を切断することなく患部を発見する知恵を持っているようにケーブルにもそういった手法を編み出さなければなりません。
ではどのようにしてケーブルを掘り起こすことなく水トリーを発見するのでしょうか?
掘削せずに水トリーを発見する方法
様々な実験を重ねた結果一つの可能性にたどり着きました。それは「高周波テストポイント注入探査法(Radio Frequency Test-Point injection Probing)」です。
この手法が具体的にどんなものなのかを見ていきましょう。
原理を簡単にいかに記します。
①まず、そもそもの原因である水トリーがケーブルの中に発生すると絶縁体の「電気を通しにくい」という性質を失うことが分かっています。
②「電気を通しにくい」性質が変化すると電気を送った時にロスが発生します。
③このロスが交流電流の周波数に関わっていることが分かったので、性質が変化したケーブルの中で周波数がどのように変化するかを測定します。
通電したままの地中ケーブルにこの方法を適用できれば、晴れて念願が達成できます。では次にこの原理を実際の地中ケーブルに適用する方法を考えなければなりません。以下に実際のケーブルに適用できるかもしれない方法を記します。
①地中配電ケーブルはケーブル本体にカバーで塞がれている点検用の穴があり(アメリカ仕様)、地中の作業用スペース(日本では特殊部と呼ばれる)から操作できます。
②カバーを取り外すとケーブルの中心導体(電気を運んでいる金属)につながっている部分(テストポイントと呼ばれています。)に高周波の信号を送ります。
③ケーブルの端で反射した高周波信号をキャッチしデータ端末に送ります。
この方法を確かめるには、水トリ―化しているケーブルに高周波信号を流して実験を行う必要があります。故に地中配電用ケーブルを2か月間苛め抜き(塩水に浸しながら高電圧をかけ続ける)、水トリーを人工的に発生させようとしました。しかしついに水トリーを人工的に発生させられず、実験に必要なケーブルが足りない状態で実験を開始せざるを得ませんでした。
このようにして実験を行った結果、以下のことが分かりました。
1.テストポイントを介して通電したままケーブルの高周波信号測定なことを実証しました。
2.研究室内で通電したままケーブルに対して実験を行って、故障などの事故は見られませんでした。
3.現場で使用する用の機械で試した結果2[MHz]~6[MHz]の周波数帯で測定が可能でした。
水トリーが発生しているケーブルの入手ができれば、さらにこの手法の妥当性が評価できるでしょう。
最後に
カリフォルニア大学の研究論文に端を発した、水トリーの検出方法をできるだけ分かり易く説明しました。
本記事の内容を一言でまとめると、
「通電したまま水トリーが存在するかテスト可能だが、正しい手順の実験がまだ行われていない。」
ということです。下手なまとめ記事のようなオチですが、2013年の時点ではここまでしか実験されていないようです。
また是非和訳記事の本文も読んでいただきたいと思います。今回の記事ではかなり内容を割愛したため、一部が不明瞭な点もあると思いますが、原文で補完していただければ幸いです。原文には水トリーの理論や同心中性線の探査法も紹介されていますので、技術的な面でも何か発見があるかもしれません。
この論文を紹介することにより、地中電線のメンテナンスに大きな前進があることを祈ってこの記事を終わらさせていただきます。ご拝読ありがとうございました。