この記事では、特に台風による電柱の被害を少しでも減らすために重要なことを考えてみます。

類似する記事はいくつか執筆していますが、今回は経済的なメリットを中心に据えて論じていきます。また、記事の内容をサポートするべく、Peter H. Larsen氏の博士論文である「Severe weather, power outages, and a decision to improve electric utility reliability」(過酷な天候、停電、そして電力公共事業の信頼性向上のための決断)を参考にしました。

電柱がいかに事故を起こしやすいか

電柱と災害との関係

はじめに

千葉県館山市船形。引用元:https://www.chibanippo.co.jp/news/national/626251

日本における昨今の台風災害は一昔では考えられないほど大きな被害をもたらしてきました。「気候変動の観測・予測・影響評価に関する統合レポート2018~日本の気候変動とその影響~」によりますと、不確実性は高いものの台風の総数に対して猛烈な台風の割合が増加するという予測も存在します。

電柱は猛烈な風に弱く、電柱そのものも近年のような異常な台風に耐えられる設計ではありません。したがって、台風の災害から財産や生命を守るために無電柱化をしなければなりません。また、電線を埋設していないことによる不利益は国民に跳ね返ってきます。結局のところ国民一人一人が声を上げるしかないのです。

この記事は無電柱化がいかに利益を生むかということを経済学の手法を用いて分析した結果を紹介します。最後まで読んでいただければ幸いです。

テキサス州を無電柱化率100%にしてみる

テキサス州ヒューストンの街並み by https://bit.ly/3hWldYA

いきなり話は飛んで、Larsen氏の論文についての内容から見ていきます。一般的に国全体の送配電線を地中に埋設している国はありません(※1)。無電柱化率が高いと言われているイギリスやフランスでも、首都近郊を中心に無電柱化されているにすぎず、地方では普通に架空線が存在します。なぜなら、地中に電線を埋設するためには多額のコストを必要とする為です。

しかし社会的な利益が費用を上回るなら話が変わってきます。Larsen氏はテキサス州を100%無電柱化したときの費用と利益を現状の場合と比較してみました。分析の項目として次のものを挙げています。

これらのコストの推定方法についてここで触れませんが、興味のある方はぜひ本文をお読みください。これらの費用と利益を100%地中化した場合と現状を維持した場合に計算した結果が以下のようになりました。

この表はズバリ、テキサス州すべてを無電柱化すると社会全体が損をするという結果に行きつきました。当初に言われていたことは正しかったわけです。

しかしながらLarsen氏は一部の地域では地中化の取り組みが社会にとって利益をもたらしている場所に気づきました。それらの場所にはいくつか共通点があります。

・送配電線1マイル当たりの顧客数が多い(1マイルの送配電線当たりの顧客数が75人以上)

・暴風雨に弱い地域、又は頻度の多い地域

・地中に送配電線を敷設する事でスケールメリットがある地域(例:年間の敷設コストが2%程度減少する地域など)

・架空送電線用の地役権(土地を使用する権利)の価値が地中送電線用の地役権の価値よりも大きい場所

この4点の条件のほとんどを占める様な場所では、地中化の費用対効果が高いことが分かりました。この条件を一言でまとめるなら、「台風がよく襲来する市街地」ということになるでしょう。

日本でこれらの条件を満たしそうな場所といえば、沖縄本島や太平洋沿岸の大都市などが相当するでしょう。

(※1)シンガポールなどの特殊な例は除く

アラスカ州の小さな町の無電柱化

Aerial Cordova, Orca Inlet and Eyak Lake, Prince William Sound, Chugach National Forest, Alaska.
by https://bit.ly/31UmY2J

しかしもっと小規模な都市の場合はどうでしょうか。Larsen氏は次にアラスカ州のコルドバ(Cordova)という小さな市に着目しました。コルドバ市は人口が2,239人で漁業を中心に経済が回っている、いわゆる「地方の漁村」といった町です。日本で言うと北海道の利尻町が同程度の人口規模なのでそちらをイメージしていただければわかりやすいかもしれません(※2)。

コルドバ市は経済が商業漁業に大きく依存していて、多くの大手水産加工会社がコルドバとその周辺に大規模な低温貯蔵施設を持っています。またコルドバ市にはしばしば強い暴風雨が襲来し、毎年かなりの量の降水量を記録します。

暴風雨による停電は低温貯蔵施設に破滅的な被害を及ぼしますので、市は私営の電力からコルドバ電気協同組合と呼ばれる自治体所有の電力協同組合に移行して対策を講じました。その対策こそが1978年から始まった市全域の無電柱化です。数十年をかけコルドバ市内では現在完全に無電柱化が終わっています。

これまでの無電柱化の大前提として大都市や地価の高い場所でなければ採算が取れないとされてきました。しかし無電柱化に対する研究が少なかったこともあり、本当にそれが正しいか明らかではありませんでした。

そこでLarsen氏はコルドバ市電気協同組合の協力を得て費用と利益を分析することにしました。この事例の場合無電柱化が完了した後の分析なので、過去のデータが曖昧な箇所もあったようです。(※3)

こういった経緯でテキサス州の時と同様にまずは地中化がもたらす潜在的な影響について分類しました。

次に先ほどと同様に100%地中化を行った場合と、1978年時点での無電柱化率を現在まで維持し続けた場合の分析を行った結果がこちらです。こちらの場合単位は[100万ドル]です。

なんと無電柱化を行うことにより社会的な利益が6,870万ドル生まれたことを示しています。費用対利益比も16.1と信じられない数字をたたき出しています(通常の道路整備事業の費用対便益比は2程度[1])。

この発見は、テキサス州の全ての私営公共事業者が地中化を行うとした場合、大きな社会的損失をもたらすことを示した先ほどの結果と対照的です。正直に言えば正味の社会的利益にはかなりの不確実性があり、電力の信頼性の向上がどの程度地中化に起因するものなのかという疑問が解決できていません。

またこの分析により地中化の費用対効果が高い場所として条件が次のように変更できます。

・送配電線1マイル当たりの顧客数が多い(1マイルの送配電線当たりの顧客数が40人以上)

・暴風雨に弱い地域、又は頻度の多い地域

・地中に送配電線を敷設する事でスケールメリットがある地域(例:年間の敷設コストが2%程度減少する地域など)

・架空送電線用の地役権(土地を使用する権利)の価値が地中送電線用の地役権の価値よりも大きい場所

(※2)コルドバ市には道路が通っておらず、アクセスするにはボートか飛行機を使うしかない。そういう意味では利尻町よりもはるかに開発度が低いといえる。

(※3)本文では感度分析を用い、仮定の範囲を広くすることによって対応している。

考察

この調査から、次のことが分かりました。

1.米国の典型的な電力会社が天候の頻度と苛烈さが増すにつれて、停電の防止と対応が困難になっている可能性を示唆しています。

2.顧客の負荷損を定量化する方法が未解決であること。

3.先の4条件の多くを満たす場所では送配電線の地中化を検討した方がよいということ。

特に3番の条件は従来の常識を崩すものです。そもそもなぜ広範な地域での無電柱化はメリットがコストを上回れないとされているかというと、2009年にBrown氏が発表した「Cost-Benefit Analysis of the Deployment of Utility Infrastructure Upgrades. Final report prepared for the Public Utility Commission of Texas」の内容に起因しているようです(※4)。この論文の中でBrown氏は「テキサス州での広範な地中化はおそらく費用対効果がない」と結論付けています。

特に無電柱化の費用便益分析はまだ歴史が浅く、改善する余地が多々ある。

しかしながらこの手の分析には改善すべき多くの箇所が残されており、その点は今後修正していかなければなりません。そういった意味で、従来の様に広範な地中化は費用対効果が薄いと断じるのではなく、柔軟に検討を行っていかなければなりません。

またコルドバ市での分析では無電柱化によって数千万ドルの利益を得ていました。しかし地中化によるメリットはまだまだ存在するといわれています。コルドバ電気協同組合のスタッフによれば、地中送電線が架空送電線よりも感電死の事故を減らす効果があるといいます。また、テロ行為や意図しない事故に対して、一般的にはアクセスのできない地中埋設は国家安全保障上の利益があるともいわれています。しかしこれらを検証している研究は現在までに一件もありません。

(※4)論文中のモデルを修正することで、コルドバ市の分析では費用便益比が正になっている。

日本での展望

さてここまで紹介してきたことを簡単にまとめると、次のようになります。

「4つの条件を満たす地域であれば無電柱化を行うことによって社会的利益を享受することが多い」

翻って、日本の市町村でコルドバ市よりも人口密度が低い自治体は、人口密度が0である自治体を除いた1734区市町村の内1599位以下[2]に相当します。つまり日本の自治体の92%はコルドバ市よりも人口密度が多いことになります。

また降水量に関しても、論文ではコルドバ市の平均年間降水量が2286[mm]と紹介されていましたが、日本でいえば1022区分の内167位以下[3]に相当します。

つまり何が言いたいというと、無電柱化を検討すべき自治体は多数あるはずです。しかしながら現状遅々として進んでいません。また、コルドバ市の事例でもありましたように電線の地中化によって社会的な利益を何千万ドル(=数十億円)も生み出していました。この利益を手にするのはほかでもない住民自身であるのに、電線の地中化を望む機運に高まりはありません。

ここで当NPOの協力団体である「無電柱化を推進する市区町村長の会」内で行った過去のアンケート調査を紹介してみましょう。この団体は無電柱化に協力的な市町村長が300名程度で構成されています。2016年に施行された「無電柱化の推進に関する法律」中に策定が自治体の努力義務として掲載されている、「無電柱化推進計画」の策定状況について、以下の様な結果となりました。

無電柱化に協力的な自治体でさえ、基本計画の策定目途すら立っていない自治体が大勢あります。その理由として以下のものが挙げられます。

この他にも「無電柱化よりも優先すべき課題がある」という回答が多く見られたそうです。まだまだ無電柱化による利益が浸透していない証左ではないでしょうか。

コルドバ市では私営電力事業者から協同組合に切り替えて、電線の完全地中化を完遂しました。コルドバ電気協同組合は現在、2つの水力発電施設とディーゼル火力発電所を含む18MWの発電能力を保有しているそうです。電力の自由化が進む今、旧来の電力事業者からの軛から抜け出し、災害に強い街並みを手に入れるという選択肢を自ら掴みに行くことこそが地域とその住民に最も益ある決断なのかもしれません。

コルドバ市も最初は手順が分からなかったはずですし、予算と職員の不足も甚だしかったと思います。しかし40年以上かけて無電柱化を完遂しました。台風の被害を最小限に食い止め、住民の利益を第一に考えるならば、一刻も早く架空送配電線の地中化を進めていかなければなりません。

参考文献

・Peter H. Larsen(2016)”Severe Weather, Power Outages, and a Decision to Improve Electric Utility Reliability” (the department of management science and engineering and the comittee on graduate studies of Stanford University in partial fulfillment of the requirements for the degree of doctor of philosophy)<https://stacks.stanford.edu/file/druid:sc466vy9575/Larsen_Dissertation%2020Feb2016-augmented.pdf>

[1]山田 宏「公共事業における費用便益分析の役割」<https://www.sangiin.go.jp/japanese/annai/chousa/rippou_chousa/backnumber/2006pdf/2006062909.pdf>

[2]全国の市区町村 人口・面積・人口密度ランキング<https://uub.jp/rnk/cktv_j.html>

[3]年降水量(平年値)ランキング<https://weather.time-j.net/Precipitation>