はじめに
台風は世界各地で大きな被害をもたらしており、アメリカもその例に漏れません。特にアメリカ東海岸の南部であるフロリダ州のような場所では、ハリケーンによって毎年道路閉塞や停電など、インフラシステムに被害を及ぼしています。
このような現状は日本でも知られていますが、今回の記事ではそこから一歩踏み込んで、「どういった人たちが停電の被害を多く受けているのだろうか?」という疑問に対する研究を紹介してきたいと思います。
この記事は2020年にGhorbanzadeh他が発表した「Statistical and Spatial Analysis of Hurricane-induced Roadway Closures and Power Outages」を当NPOで和訳・解説した記事となっています。
背景
アメリカ合衆国は、過去10年間で最も自然災害に見舞われた国の一つであるといわれています。連邦緊急事態管理庁(FEMA)によれば、1953年から2018年の間に重大な災害が3,728件あり、2017年と2018年に限っては2,250億ドル以上の経済損失をもたらしました。つまり何もしなければ災害によって経済だけでなくコミュニティにも影響を与えることが考えられます。
これら重大な災害の中でも、「ハーマイン(2016年)」、「イルマ(2017年)」、「マイケル(2018年)」等のハリケーンは米国フロリダ州内のインフラシステムに大きな被害をもたらし、停電や道路閉塞などを引き起こしています。
フロリダ州では、1953年以降39回のハリケーン、22回の暴風雨、13回の洪水に見舞われています。長い海岸線に沿って約250万戸の住宅があり、約4,900億ドルもの復興費用を費やしていることから、フロリダ州の住宅は米国内で最も災害の危険に晒されていると言えます。
これらの災害は、道路網を混乱させ(例えば、道路や橋の閉塞)、緊急車両の利便性を低下させます。例えばハリケーン「アイリーン」の際にはバーモント州の交通網に6,500万ドルもの被害をもたらしました。他にも、1992年にはハリケーン「アンドリュー」によってフロリダ州の140万人(44%)が停電に見舞われました。
また最近では、ハリケーン「マイケル」によって、フロリダ州の州都であるタラハシー市にて約97%顧客が電力を失いました。マイケルの2年前のハーマインではタラハシー市の電気システムの約80%が停電を起こし、約10万人に被害をもたらしました。他にも倒木が1週間もの間放置されていたため、大量の道路閉塞を引き起こしました。
そこでハリケーンによる道路閉塞と停電にどのような関連性があるのかを調査することにしました。ハリケーンの影響を研究した研究はいくつかありますが、ここでは地理情報システム(GIS)を用いて空間的に分析します。その次にハリケーンが地域社会に与える停電や道路閉塞の結果、どの層の人々がより大きな影響を受けたかを調べました。
(方法論については割愛します。詳しくは本文をご確認ください。)
ハリケーン「ハーマイン」と「マイケル」に関連する停電と道路閉塞の関係
以下の図はハリケーンハーマインとマイケルによって市内の停電と道路閉鎖の密度を表したものです。
それぞれ
(a)ハーマインによる停電
(b)マイケルによる停電
(c)ハーマインによる道路閉塞
(d)マイケルによる道路閉塞
の密度マップを示したものです。
この図から分かることは、ハリケーンの影響で最も被害を受けた地域と、停電・閉鎖による影響を受けた顧客がどのように分布しているかを分析しました。
(a)と(b)は、ハーマインとマイケルの時の停電が発生した場所とその密度を示しています。
ハーマインによる停電に比べてマイケルの停電の密度が高いことが図から分かります。また2つの図の密度が高い場所はほとんど同じであり、市内全域でハリケーンによる停電の影響を受けており、周辺の住民が被害を受けていたことが分かりました。
(c)と(d)は、ハーマインとマイケルの時の道路閉塞が発生した場所とその密度を示しています。
停電の図とは対照的に、マイケルによる道路閉塞に比べて、ハーマインによる道路閉塞の密度が高いことが図から分かります。2つの図の密度は異なる場所を示していて、ハーマインでは市の中心部とダウンタウン周辺で、マイケルではタラハシーの北東部と北西部にある高速道路10号線につながる主要幹線道路(Thomasville Rd. とMonroe St.)でそれぞれ道路閉塞密度が高いことが分かりました。
またこれらの調査によれば市の南東部の地域では両ハリケーンの影響が少なかったことも明らかとなっています。
停電と道路閉塞との結果を統計的に分析する
詳しい話は割愛しますが、精度を落として分析を行うと、停電と他の要素との関わり合いが分かりました。なおここで言う関係とは相関関係であって、因果関係でないことに注意してください。
※相関関係は因果関係とは違うことについて少しだけ説明します。例えば「アイスクリームの売り上げ」と「水難事故数」に相関関係があったとして、これをもし因果関係と取り違えると、「水難事故を減らすためにはアイスクリームを規制する」ことが最適解となります。しかし、実際にはそんなことはなく、真の因果関係は夏の暑さなどが両方の事柄を引き起こしている原因となっていることが考えられます。
つまり、相関関係と因果関係とは全くの別物であることを理解しなければなりません。
さてここでハーマインとマイケルにおける停電と道路閉塞にそれぞれどういった理由でどういう相関関係があったのかを紹介します。
この相関関係がどういう手法で割り出されたかについて論文では4段階の分析が行われています。
①インフラネットワークのデータ収集
②ハリケーン「ハーマイン」と「マイケル」により最も被害を受けた場所を分析するため、カーネル密度推定法(KDE:Kernel Density Estimation)を用いて空間的に分析
③ハーマインとマイケルの影響が場所によってどう異なるか、密度比差(DRD:Density Ratio Difference)を利用して分析する
④1~4の空間的な情報をまとめて統計的に分析し、相関関係を導く。
ハリケーン「ハーマイン」における停電では
(1) | 土地面積 | マイナス |
(2) | 平均世帯規模 | マイナス |
(3) | 大学を卒業した人の割合 | マイナス |
(4) | 徒歩を交通手段とする人の割合 | マイナス |
(5) | 地中送電線の総延長 | プラス |
(6) | 架空送電線の総延長 | プラス |
ハリケーン「マイケル」における停電では
(1) | 土地面積 | プラス |
(2) | 平均世帯規模 | マイナス |
(3) | アフリカ系アメリカ人の割合 | プラス |
(4) | 地中送電線の総延長 | プラス |
(5) | 架空送電線の総延長 | プラス |
このような結果となりました。
先ほどと同様に二つのハリケーンと道路閉塞の関係を統計的に分析します。前述したように道路閉塞が多い地域はそれぞれ異なり、統計的に影響を与えている項目もそれぞれ異なります。
ハリケーン「ハーマイン」における道路閉塞では
(1) | 土地面積 | マイナス |
(2) | 平均世帯規模 | マイナス |
(3) | アフリカ系アメリカ人の割合 | プラス |
(4) | 緊急施設エリア | プラス |
(5) | 架空送電線の総延長 | プラス |
ハリケーン「マイケル」における道路閉塞では
(1) | 若年層(18歳~21歳)の割合 | マイナス |
(2) | 2014年以降の建設物の割合 | プラス |
(3) | 障碍者の割合 | マイナス |
(4) | 地中送電線の総延長 | プラス |
(5) | 架空送電線の総延長 | プラス |
ここで
「AとBとがプラスの相関関係を持つ」とはBが多い地域ならばAの影響が増加する
「AとBとがマイナスの相関関係を持つ」とはBが少ない地域ならばAの影響が増加する
という意味で用いられています。
考察とまとめ
これらの結果から、ハリケーンの影響で都市が混乱する危険性がある場所が明らかとなりました。これにより、緊急時の市の職員は正確な予測を行い、将来の混乱を軽減するために行動を起こせるようになります。またハリケーンに脆弱な地域に対して復旧設備や人員を配備したり、新たな緊急対応施設を設置することで減災が図れるかもしれません。
架空送電線と地中送電線ではほとんどの場合において両方がプラスの相関関係を持っていました。しかし本文をご覧になればわかりますが、いずれの場合も係数が2~3倍架空線の方が高くなっています。つまり地中線に比べて架空線の方がハリケーンに弱いということが言えるのではないでしょうか。
Ghorbanzadehは「ハリケーンによってタラハシー市の中心部で停電と道路閉塞が大量に発生していて、所得や民族によっては更に多くの被害を被る危険性が存在している」と示唆しています。
もちろんこれは因果関係ではないもののそうした傾向があることは事実です。アフリカ系アメリカ人が白人よりも平均的な所得が低いこと[1]や、大学を卒業した人の割合と停電にマイナスの相関関係があることを含めると、比較的裕福な人は停電を受けにくいことが予測できます。これを逆に言えば貧困層が多い地域では停電が頻発することになります。
大胆な推論なのでこれ以上は言及を避けますが、こういった分析から予測を立て、必要なリソースを分配することが被害を最小限に食い止めることができるようになるでしょう。また電力の信頼性を高めるためには、分析によってリスクの高いとされた場所を重点的に無電柱化を行うことが必要でしょう。他にも、リスクに曝されている人々に焦点を当て、緊急時のオペレーション効率を高めるのにも役立つでしょう。
日本においてこのような分析を行い、より費用対効果の大きい政策を目指すことはインフラの強靭化という観点から急がれるべき課題だと思われます。日本では毎年のように台風が襲来しているにもかかわらず、無電柱化が浸透しているとはいいがたい状況です。特に毎年台風の影響が大きい太平洋沿岸部や島しょ部での無電柱化は喫緊の課題であり、国民一人一人が電力の信頼性向上に向けて声を挙げなければならないタイミングではないかと思います。
参考文献
Ghorbanzadeh, M.; Koloushani, M.; Ulak, M.B.; Ozguven, E.E.; Jouneghani, R.A. Statistical and Spatial Analysis of Hurricane-induced Roadway Closures and Power Outages. Energies 2020, 13, 1098.
[1]キース.M,キルティ(2004)「アメリカにおける貧困、排除、人種的・民族的マイノリティ」北海道大学”http://hdl.handle.net/2115/28373“(20200929アクセス)