▲函館市八幡坂

取材報告者 濱田桜
取材内容 「電柱・電線の有無における景観の意識調査」

3月8日(月) 11:00~12:30 Microsoft Teamsで、国立研究開発法人 土木研究所 寒地土木研究所 地域景観チーム(以下、「寒地土研」と称する)の松田様、大部様、岩田様に取材させていただきました。

寒地土研 地域景観チーム 様の紹介

・2006年に寒地土研の新たな研究グループとして地域景観ユニットが発足。2019年4月に正式にチーム化。

・良好な景観形成・観光振興に資する社会資本整備の質の向上、利活用に関する研究を進める。

・無電柱化は、主に農村自然域における無電柱化推進に関する研究を行う。

▲寒地土木研究所 出典)国立研究開発法人 土木研究所HP https://www.pwri.go.jp/jpn/about/organization/index.html

Contents [show]

Q1. 無電柱化の研究を始めたきっかけ、貴所の無電柱化との関わりは?

A1. 〔松田様〕研究を始めた理由は、大きな可能性を感じたから。具体的には以下のような点に可能性を感じている。

①潜在ニーズが非常に高い
無電柱化は日本社会全体が求めていること。防災面だけでなく景観面からもニーズが高い。

②他がやっていない&今後もやりそうにない
無電柱化は多様な主体が関わるが、主体によっては無電柱化の研究に取り組む理由が小さい。一方、寒地土研は研究して基準を提案できる立場であるため、自分たちの研究成果で多様な主体の意識を変えられるのではないかと考えた。

③国立の研究所としての使命感
国土交通省との繋がりもあり、大学や民間と比べて行政と連携した実践的研究を行いやすい。

④ターゲットがつかみやすくできそうな気がした
関係者が多く、社会的にも難しいテーマであるが、チャレンジのやりがいがある。解決すべき技術的課題が明らかなので、なんとか出来ると考えた。無電柱化の研究は難しいテーマながら、海外ではできているので、日本でも何かを変えればできるのではと感じた。

⑤研究成果の波及効果が大きい
研究成果の波及効果がとびきり大きい!地中化の進む欧州に比べて、日本の電線延長は一番長いが、無電柱化率は一番低い。つまり、対象規模が非常に大きいため、景観や観光、防災面の効果も大きい。日本の景観を良くするには、電柱と屋外広告は避けて通れない。観光振興や世界遺産登録時の議論では必ずこの問題が指摘される。防災面でも本来だったら無電柱化先進国になるべきだったが、現状は逆になっている。また、事業規模が大きいということは、コスト縮減につながる技術開発ができれば、その効果もすごく大きなものになる。
2009年頃から個人的に調べ始めて、調査を積み重ねていった結果、2011年に正式な研究テーマと認められた。

〔岩田様〕地中化は非常に効果がある一方で、コストの面でハードルが高い。一方、北海道のような自然豊かな郊外部では、電柱の移設や片寄せなど、景観面で効果的で地中化と比べて実現性が高い方法もある。そこで、まずは郊外部を対象として、それらの対策手法が景観向上に与える影響や実現性について調査することからスタートした。その後、2014年に当NPOと出会い、国の無電柱化施策の機運も高まる中、地中化の低コスト化や効率化に資する技術開発にも取り組み始めた。

Q2. 良い景観とはどのようなものだと考えるか?

A2. 〔松田様〕生きるのに良い環境が視覚的にわかること。人間が生きる上で視覚的にいいなと感じるところが良い環境だと思うし、地震などで突然電柱が倒れたりして危ないと感じてくると、それは良い景観ではないと感じる場合がある。「美」は「羊が大きい」と書く。健康でまるまると太った羊は、羊を食べたり売ったりする。人間にとっては有益。つまり、人間にとって有益な環境を美しいと感じるのではないか。
景観の評価には意味的理解も含まれる。また、自分たちの記憶からあったものが突然なくなると、反対運動や景観を残そうという動きに繋がることがあるが、それは記憶の復元のためである。生きていく上で、記憶が失われると危機を感じるため、人間本来の反応として良い景観を感じとっているのではないか。

〔岩田様〕(松田様が先述の)意味的理解の面から見ると、電線が必ずしも悪者ではないこともある。例えば岬の灯台に向かう1本の電線を例に挙げると、電気が普及して灯台を建てた当時の人にとって、記憶の中に残る情緒ある風景として良いものに感じられることにも目も向ける必要がある。ただ、昨今の様に乱雑に建てられている電線・電柱は景観にそぐわないのではないか。

Q3. 貴所HPにある「景観・街づくりに関する各種相談やお問い合わせ」には具体的にどのようなお問い合わせがあったか。(https://scenic.ceri.go.jp/technical-consultation.htm

A3. 〔大部様〕無電柱化については、まず地中化をどのように進めればいいのか、またコスト、技術的なことに対する問い合わせが多い。沿道環境によっては地中化することが難しい場所や、地中化以外の多様な手法もあるため、そういう情報提供を含めお問い合わせに答えている。必ずしも地中化しなければならないということだけでなく、環境に合った手法を提供することで、少しでも無電柱化のハードルを下げることに繋がればと考えている。

〔松田様〕また、自治体が主体的に無電柱化を進めたいものの、電線管理者から無電柱化には非常にコストがかかるというネガティブな話をよく聞くため、具体的にどのような課題があるか確認するための問い合わせもある。現状としては、自治体にしても、地域のまちづくりに取り組まれている人も、無電柱化=コストがかかる、手間がかかる、時間がかかるという認識であり、この段階で思考停止に陥ってしまう。電線共同溝以外での手法も含めた無電柱化が普及すると、相談件数はものすごく増えるのではないか。今はその前段階のような状態。

Q4. 「道の駅」での無電柱化に関するお問い合わせとはどのようなものか?

A4. 松田様・岩田様〕当研究チームでは、「道の駅」を整備する自治体等を対象に、魅力や機能の向上に向けた施設の計画・設計等のアドバイスをしており、その際に無電柱化は必ず提案している。
「道の駅」では、景観面でも無電柱化のニーズが高く、防災拠点としての機能の確保でも、前面道路の無電柱化は必要。

▲道の駅なないろ・ななえ前の無電柱化工事の様子 令和3年 写真提供:寒地土木研究所

Q5. 無電柱化を推進していくのが難しいと感じたのはどのような時か?

A5. 〔大部様〕地中化を進める時、市街部の電線共同溝しかないという考え方で凝り固まっていて、市街部以外での無電柱化に広がりづらくなっていると感じる。場所や環境に適した低コスト手法・構造や新たな機械の活用など、従来の手法だけでなく、多様な手法が柔軟に取り入れられるようになればと思う。
また、本来無電柱化の目的は防災・交通・景観であるが、どうしても景観が最後になるので、主たる目的であるという意識に変えられるよう広めていきたいと思う。
〔岩田様〕景観向上のために無電柱化に取り込むことへの理解が得られていない時。まず、景観には経済・社会など多面的な効果がある。その認識を共有し、効果を発現するためにはどういう無電柱化の方法が必要かを議論する必要がある。一方、景観向上効果を定量的に示すことでも理解が深まるのではないかと考えている。以前、道路沿いに建物が並ぶ市街地と自然が広がる郊外部で地中化の景観向上効果を比較するため、フォトモンタージュ写真を使った印象評価実験を行ったところ、北海道のような自然域の方が、景観向上の度合が大きかった。郊外部や自然域の「電柱・電線さえなければ」という場所で無電柱化することは、景観への効果が大きく、価値が高いことを定量的に示すことができた。

▲電線電柱占用位置の違いによる景観への影響 (左:実際の写真、右:フォトモンタージュ) 出典) 岩田圭佑,松田泰明:電柱電線類が農村・自然域の景観に与える影響と効果的な対策手法について,寒地土木研究所,p.1,2014

〔松田様〕コスト面や工事の支障、地上機器の設置場所の合意形成も含めて、日本の無電柱化はマイナススタートの考えである時。これには、国民の景観への理解・意識の低さや電力会社やマスコミなどからのネガティブ情報(電線地中化は地震のときに復旧しづらいなど)の拡散、歴史的・社会的にも海外のような手法が使いにくく、対応しづらいことなどがある。
国土全体の配電線の地中化率をみても、日本と欧米では桁が違う。道路延長とケーブル延長の違いはあるが、ドイツの87.5%(ケーブル延長)に対して、日本は0.3%(道路延長)の世界。
また、無電柱化は高コストであるとも言われている一方で、コストが下がらなくても困らない人がいることも関係している。マイナスからゼロ地点に立つことから始めなければならず大変な状況である。

Q6. 景観を良くしていくために、どのような場所や歴史的背景をもつ場所へのアプローチがよいと感じるか?

A6. 〔松田様〕北海道では少ないが、全国的には伝建地区がいいのではないか。北海道では美瑛の丘のように抜けが良いところ。潜在的ニーズが高い観光地では、広々としているところが多いので、防災面でも風が強く行いやすいはずだが、電力・通信需要が少なく電線管理者との調整が困難という認識から二の足を踏む自治体も少なくない。ハードルの高さを最初に感じてしまって、ニーズ(必要性)というよりウィッシュ(いつかやれたら良い)になってしまっている。そうなると、やはり、市街地の駅前や交通量の多い国道の方が進行している状況。
今の日本は無電柱化率が圧倒的に低いため、当然無電柱化されるべきという箇所から進めている状態。無電柱化率があがれば、景観面から必要性のあるところの事例も増えると期待している。
〔大部様〕最近の動きとして、無電柱化推進計画景観向上や観光振興の目的が記載されたこともあり、シーニックバイウェイ北海道「秀逸な道」などの景観向上を主目的とした無電柱化の事例も出てきている。そうした事例が増え、この主旨が共有されていくと、意識も変わっていくのではないだろうか。

▲シーニックバイウェイ(北海道稚内市) 写真提供:寒地土木研究所

Q7. これまでに最も景観が変わってよかった、変化したと思う場所は?(無電柱化にかかわらず)

A7. 〔岩田様〕例えば、山梨県忍野村の忍野八海。富士山の伏流水が湧出する観光スポット。数年前に訪れた際、500m 四方くらいの観光エリアの中で、富士山を眺める視点場での片寄せや、土産物店が軒を連ねるメインストリートの裏配線などに取り組んでいたが、特徴的だったのは、店舗や住宅の色彩統一など50ほどの小規模な景観向上プロジェクトを展開して、観光エリア全体の景観創出に取り組んでいたこと。景観面からすれば、無電柱化だけではだめだし、無電柱化は欠かせないという両面が感じられる。

▲裏配線された忍野八海 写真提供:寒地土木研究所

〔松田様〕素晴らしいものができた場所よりも、汚いものが見えなくなったり、なくなったりした場所。プラスにならずともマイナスからゼロになればそれは景観が変わってよかったと感じることも多い。また、身体に近い(道路沿いに建つビルの1,2階など)部分の店や景観が変わるような小さな変化(店先にプランターが置かれたりしたことなど)に気づけることが大切。

大部様・松田様〕無電柱化の落とし穴として、すっきりとした空間形成は、人がいないと寂しい景観になること。景観形成と観光振興やまちづくりはセット。空間の変化だけでなく、使われ方の変化(にぎわいの創出など)も同時に起こすことが重要。

Q8.住民や役場などからどのような景観の要望が多いのか?

A8. 〔松田様〕象徴的な例では、世界遺産登録のために景観計画を作らなければならないという相談。また、風力や太陽光発電の計画の他、海外資本の参入など、開発に伴う景観対策が必要となったために景観計画策定について相談を受けることもある。他にも、札幌や函館のような景観意識が高い自治体との継続的なプロジェクト。ただ、このような関わりの中で無電柱化の理解度の低さを感じることがある。

Q9. 上記の質問の他に、無電柱化に対してどのようなご意見があるか?

A9. 〔松田様〕無電柱化のことをより正しく知ってもらうことがスタート。まずは、マイナスからゼロへ(間違った認識から正しい認識へ)進んでほしい。若い人や地方の人などこれまで無電柱化に対してあまり関係がないと思われていた人が声を上げることで日本の無電柱化は変わるのではないか。戦術論で言えば、電線共同溝方式の基準や仕様は、市街地を想定しており、郊外部や自然域でそのまま基準を当てはめると高スペックで高コストになる。また、無電柱化によりそこにあった街路樹が伐採される事例もある。このように、無電柱化に賢く取り組んでいないのが日本の現状である。今後は無電柱化を進める人も勉強して賢く行っていく必要性がある。

〔大部様〕無電柱化を進めるために、関係者の役割分担が正しくできておらず、本来活躍すべき人が活躍していないように感じる。仕組みを変えないと中々無電柱化は難しい。目的や効果を多様なキープレイヤーが認識し、目標を共有しそれぞれの責で無電柱化を進めていく必要があるのではないだろうか。

Q10. 今後の願望は?

A10. 〔松田様〕北海道にいるため、「電柱さえなければ」という場所にある電柱は無くしたい。そのための研究や技術的広報を進めたい。また、国民やマスコミの理解も期待したい。

〔大部様〕海外の進め方と比較をすると、推進計画のように延長を積み上げていくことも必要だが、長期的に無電柱化をここまでするぞという目標をかかげることも必要ではないかと思う。そういったことが議論できていけるとよいと思う。

〔岩田様〕デンマークやスウェーデンでは高圧送電線も地中化を計画的に進めている。事業者が地中化の考え方や優先度を積極的に情報公開している。日本でもそのような未来に近づけるよう、研究に取り組みたい。

◆まとめ

寒地土研様への取材を通して、地域景観チームとして感じておられる日本の現状や無電柱化に対する国民の意識ついて知ることができた。寒地土研様は無電柱化の研究を先駆的になさっており、日本の将来的なwants として無電柱化について肯定的な姿勢を示している。多くの回答をいただく中で、キーワードとして「マイナスからゼロへ」の意識が必要であると感じた。研究を通して、寒地土研様は無電柱化に対してステレオタイプを持つ人々に多く議論したり、相談にのったりしている。場所や手法、一般的な情報が凝り固まっている状況でマイナスのイメージが発信されると、どうしても無電柱化は進まない。限られた情報内からどれだけ正確な情報を発信できるか、私たちについては情報を読み取りゼロ地点につけるかが今後の課題になるだろう。また、情報の欠如がどうしてもある国民に対しての寒地土研様の事業は非常に丁寧で、将来像を大切にしているように考えられた。電柱や電線が景観を乱している場合でも、無電柱化するだけが全てではないという考えはまさにそのことを反映している。自分たちが推奨するものばかりを広めて、景観を良くしていくのでは上手くいかない。その土地には住民がいて、生活があるため無理はできないことを感じた。住民や地域に寄り添ったアプローチから、無電柱化を理解していく方向性が重要だ。私たちは寒地土研様のような景観に詳しい国立研究所に力を借りつつ、最も地域に合うものを、今だけでなく将来を考えた在り方を見直すべきだ。そして、当NPO法人と連携しながら無電柱化を正しく理解してもらい、良い意味で今よりも無電柱化の相談内容が寄せられる未来があってほしい。