日本の無電柱化は少しづつ進んでいますが、さらなる推進のためには何が必要でしょうか。私は無電柱化が進んでいるほかの国から学ぶことが必要だと思います。

世界には無電柱化を完了した国がたくさんあります。その国々日本との比較を行うことで不足しているものを洗いだすことや、先行している国の失敗した点を繰り返さないことができます。ほかにも無電柱化が進んでいない国に行ってなぜ進んでいないか、それをどうやって解決するかを分析するのも大事なことです。

長々と前書きを書きましたが、平成30年にシンガポールタイベトナムのアジア3か国における、無電柱化の低コスト化技術や政策推進状況等の調査を目的に、「無電柱化推進技術等のアジア地区海外調査」が(一財)日本みち研究所主催で行われました。

その際、当NPO事務局長の井上利一が調査の一員として参加しました。その時に分かったことを書いていきます。

シンガポールの無電柱化

シンガポールは小国ながら貿易、交通及び金融の中心地の一つで、世界第4位の金融センター、外国為替市場および世界の港湾取り扱い貨物量で上位2港のうちの一つです。無電柱化率においても93%と非常に高く、景観の向上と緑化に非常に熱心な国です。

空港の様子。華やかな植物で彩られている。

歴史は50年と比較的短いですが、建国当時のリー・クワンユー首相の「緑に溢れたGarden City(庭園のような街)は、住民にとって住みやすいだけでなく、外国からの投資を引き付ける一つの重要な要素となる」という考えのもと都市の緑化を推進してきました。シンガポールは建国50周年の節目に今後City in a Garden(庭園の中に街がある)を目指して緑化政策をさらに進めることを定めました。

画像引用元:http://www.gardensbythebay.com.sg/en/the-gardens/our-story/history-and-development.html

2011年11月に開園した植物園「Garden by the bay」。Garden City政策の一環

緑化政策は都市の景観への意識が強いからこそ支持される政策です。「街をよりよくするために、自分自身が関わっている」という市民の誇り(シビックプライド)が都市を未来へと動かす推進力になるのです。

シンガポールでは普通の光景。開花種を積極的に取り入れている。もちろん電柱は存在しない。

無電柱化政策も同様です。自分が暮らしている街に、堂々と電柱がそびえたち、電線が張り巡らされていることに疑問を持つか持たないか、そのあたりに日本とシンガポールの差があるように思えます。

新宿ゴールデン街 シンガポールにあるリトルインディア

シンガポールでは中心街だけではなく狭い道路も無電柱化されている。

またシンガポールでは2014年に地中情報の3D化も積極的に導入し、経済や生活水準の向上を目指しています。これに対して日本では2次元の図面をもとに地面を掘り、掘ってみれば図面には載っていない不明な管が掘り起こされることなど日常茶飯事です。

「既設地下地理情報の取り組み」

Singapore Land Authorityの資料より

日本とシンガポールの差は、市民の都市景観に対する意識の差ではないでしょうか。日本はGDP世界第三位という紛れもない先進国です。GDP比に13倍の差があるシンガポールにできて、日本にできないことがあるでしょうか。もっと暮らしの豊かさに目を向けるべきではないでしょうか。

国連の世界幸福度報告ではシンガポールが22位、日本は53位。

 

タイの無電柱化

シンガポールの無電柱化を見てきました。では、近年になって無電柱化を始めたタイはどうでしょうか。タイといえば2014年のクーデターによって現在、軍政下におかれています。また首都バンコクといえば都市圏人口は1600万人を超えていて、世界有数の大都市圏です。そのような街の電柱はどうなっているのでしょうか。

バンコクのカオサン通り。混沌としているが、不思議と既視感のある光景である。

現在、バンコクの電柱は無秩序に電線を共架し、非常に危険な状態となっています。停電や漏電が頻発し、2011年の大規模な洪水の際には、45人もの感電死が報告されたそうです。無秩序な配線による感電死の増加は19世紀末のマンハッタンと状況が非常に似ています。ニューヨークのマンハッタンもブリザード被害を受けて本格的な無電柱化に乗り出しました。

日本ではありえない光景その1.頻発する電線火災。微笑みの国とは思えないハードコアな光景。

さて、大規模な漏電・停電や多発する感電死を受けて、タイの首都圏配電公社(MEA : Metropolitan Electricity Authority、内務省管轄下の国営企業)は、2021年までにバンコク市内の214.6㎞の区間で電線類を地中化する計画を発表しています。その目的は①電力の安定供給②景観への配慮③安全性の3点です。

異常な共架への対応という意味合いが強いようですが、軍事政権が強硬に美化政策を進めているという側面もあって、大量高速輸送線であるスクンビット通りの無電柱化を完了させるなど整備実績を上げているようです

日本ではありえない光景その2。地下に埋めたはずの電線が露出している。

やはり日本とはスピード感が違います。日本の無電柱化推進計画では1400㎞の無電柱化を行いますが、「着手」なので完了するのはまだまだ先です。タイは基本的に電線共同溝方式を用いていますので日本と1㎞あたりのコストや工期はほとんど変わらないはずなのに、タイでは主要な通りの一つがすでに無電柱化されているのに対して、日本ではどれほどの距離が進んだのでしょうか。

確かにスピード感だけで言うと日本はほぼ追いつくことはできません。なぜならタイは現状軍政下という「ドラスティック」な改革が可能な政体にありますので、日本がそのままタイの状況を受け入れることは難しいからです。しかし市民一人ひとりが問題意識を持てばスピードはなくてもスムーズな無電柱化ができるのではないでしょうか。

日本は民主主義国である。だから問題意識を持つべきではないだろうか。

シンガポールの章でもお話ししましたように、市民一人ひとりが街づくりに対する関心を持たねば、無電柱化は進みません。その第一歩のお手伝いをするために当NPOが存在しています。

ベトナムの無電柱化

ベトナムはご存知の通り社会主義国なので、日本とはそもそも政体が違うという点ではタイと同じです。また、ベトナムは名目GDPでも2,200億ドルと先の2国よりも低く、発展途上国と言って差し支えないでしょう。

ホーチミン市の風景

国土交通省の資料によりますと、2011年からホーチミン市人民委員会と電力会社・通信会社との協定により、無電柱化を本格的に実施することになりました。2016年~2020年で1,800㎞の地中化に総額4.2兆ドン(約205億円)を投資する計画が策定されました。

また、中心部は2020年までにすべて地中化し、周辺部も地中化するという計画は、東京都の無電柱化推進計画と非常に似ています。ほかにも、ホーチミン市の無電柱化率は中圧線で31%低圧線で13%と日本よりも無電柱化率が高いです。

(これに関しては数字のマジックという節もあります。実は東京都の整備済み延長は913㎞、ホーチミン市は978㎞とわずかに先行しているのみです。同じことをしても、道路自体の延長が長ければそれだけ無電柱化率が低くなるのです)

付近は無電柱化されているホーチミン市人民委員会庁舎

さて、ベトナムの無電柱化ですが、計画自体は人民委員会が策定するのですが、施工はEVN(Electricity of Vietnam:ベトナム電力総公社)と通信4社(VNPT(Vietnam Posts and Telecommunications Group:ベトナム郵政通信総公社)等)が執り行います。

ここでの費用は事業者の自費負担です。しかし電柱を地下に埋めることが電力会社の責任と考えているわけではなく、施工した会社がケーブルの使用料を取ることを許されているため無電柱化を行っているようです。またタイと同様に電柱には通信会社のケーブルが多数共架されており、マーキングしてもすぐにわからなくなるので、逆に地中のほうが維持管理がしやすいという事情もあるようです。

市内にある旧式のトランス

まとめると、近年ベトナムでは急速に無電柱化が進んでいますが、その原動力は電気・通信事業者の自費負担で、それをするに足る利益を無電柱化が生んでいるようです。

現在の日本の制度では道路管理者が100%負担するという世界的に見ても類を見ない電気事業者優遇の制度をとっています。無電柱化のスピード感においてベトナムやタイとの差はそのあたりにあるのですが、日本ではせいぜい直轄国道の新設電柱の占用を禁止するなどの対策しかとっていません。

やはりここでも、市民の声が重要となってくるのです。市民が電気事業者の社会的責任を問えばおのずと体質を変えざるを得ないでしょう。そもそも世界的に見ればそれがごく当然の道理なのですから。

まとめ

シンガポール、タイ、ベトナムの3か国を見てきました。シンガポールは無電柱化率が非常に高い民主主義の国でした。そこでは市民一人ひとりが街づくりへ意識を向け、自分たちの街に誇りを持っていました。無電柱化に対する民主主義国家としての一つのあり方があったといっても過言ではありません。

タイは軍政下、ベトナムは社会主義国という日本とは異なる政治体制ながらも無電柱化に対して、強い関心を持っている国でした。もちろん政体が違うのでシビックプライドの醸成等の観点からすると丸ごと参考にするわけにはいきません。しかしながら、少なくともベトナムでは電気・通信事業者が自費負担で無電柱化を行っています

そこでまた市民の声が重要になってくるのです。今日、無電柱化のみに目を向ければ電気事業者はあまり社会的責任を果たしているとは言えません市民がそれを問いただせばおのずと変わっていかなければならないのです。

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