はじめに

ビッグベンと東京タワー。同じ路地から写真を撮っているにもかかわらず景観の差は歴然たるものとなっている。

「なぜ東京には電柱があるのに、ロンドンには一本もないのか?」このシンプルな問いは簡単に答えられるように見えて非常に難しい問題です。

東京とロンドンとの共通点は非常に多いです。両方とも世界屈指の先進国の首都で、大規模な経済圏を形成し、それぞれの国の人口の10%以上が集中しています。

東京23区 ロンドン
面積 626.70㎢ 1,577.3㎢
総人口 9,555,919人 9,787,426人
都市圏人口 35,303,778人 15,010,295人
GDP 4兆8720憶ドル(世界第3位) 2兆6220億ドル(世界第5位)
政治体制 議員内閣制民主主義 議院内閣制民主主義
無電柱化率 7% 99.9%

しかしながら、関東管区行政評価局が平成26年度に発表した「無電柱化対策に関する調査 結果報告書」によりますと、東京都には約110万本もの電柱が林立しています。一方UKPN(United Kingdom Power Networks:東イングランド地域の配電事業者)の資料によりますと、ロンドン地域の地中線の総延長が36,914㎞に対して架空線の総延長はたったの19㎞しかありません。無電柱化率でいうと99.9%にも上ります。一体この差は何なのでしょうか。

問いに対する一般的な答え

よく言われる答えは「第二次世界大戦後の復興を行う際に、イギリスは街を元通りにしようとしたのに対して、日本は敗戦国で貧しく、電力の急激な需要に対応できるように安価な架空線を選択した。」というものです。

戦争の爪痕がなかった国などない

確かにその通りです。日本は架空線を選択したまま、次第に「慣れ」という形で架空線への問題意識を失ってしまいました。しかしそれだけでしょうか?

日本は戦後、経済大国となっていきました。バブル時には無電柱化を行えるだけの資金があったはずです。しかしながら私たちの身の回りには電柱が立ち並んでいます

戦時のロンドンはドイツ軍に空爆されかなりの被害を受けました。1940年から始まった「ザ・ブリッツ」では43,000名以上の民間人が犠牲になり100万以上の家屋が損害を受けました。当然イギリスでは戦時下の復旧ですから安価な架空線を使ってもよかったはずです。なぜそうしなかったのでしょうか?

日本人とイギリス人の無電柱化のとらえ方

日本では実際に1980年代後半に第一期の電線類地中化計画を策定し、無電柱化を行ってきました。都道のみでいえば無電柱化率は35.2%あります。しかし家の周りの電柱がなくなったと実感の湧く人はほとんどいないでしょう。これは東京都が行ったアンケートにもはっきりと回答が表れています。

その詳細をまとめた記事はこちら

第6回インターネット都政モニターから分かる民意と無電柱化

経済産業省の「海外における無電柱化実態調査報告」によりますと、イギリスの人々は無電柱化に対して

架空線は不必要なものとみなされ、無電柱化が当たり前という認識
コストは高いものの、無電柱化は景観を高め、風雪災害に強く供給信頼度を向上させるものと認識
災害時の道路閉鎖の防止等、道路閉鎖の観点で推進しているわけではない。
無電柱化エリアはいったん停電すると復旧までの時間は長くかかる。

と考えています。日本における無電柱化は防災の側面を強調しますが、ロンドンではそのような認識はないようです。考えてみれば、ロンドンには地震や台風はほとんど来ませんから当然かもしれません。

日本では防災、イギリスでは景観

このようにして生まれた時から地中線が当たり前だったロンドンっ子が電柱に敏感になることは理解できます

しかし「日本人が電柱に慣れただけ」という片付け方は筆者としては納得がいきません。ここで日本の人々によく見られる傾向について議論の必要があると思います。それは「無電柱化されていることに気が付かない」ということです。

ロンドンっ子が電柱に嫌悪感を持つのは当然だと思います。であれば東京の人々が無電柱化された道路を見て感動を覚えるということが日常茶飯事であってもおかしくはないはずです。しかし身の回りで「あそこの道路が無電柱化されていて感動した」という話を聞いたことがありません。むしろ言われて初めて気が付く人も多いと感じます。

つまり日本人は景観に対する意識が低いと言わざるを得ません。日本には昔から固有の文化や美意識があるというのになぜ景観に無関心なのでしょうか。

おそらく日本人は自ら景観をつくっていくという意識が低いのでしょう。国土交通省が平成23年度に行ったアンケート(※1)によりますと、次のような結果となりました。

良好な景観形成に最も影響があるのは誰による行為だと思いますか

回答数 割合
1.行政(道路、河川整備等の公共事業等) 491 48.9%
2.民間企業(建築行為や開発行為、通信用鉄塔の建設、野外広告物の設置等) 278 27.7%
3.国民(住民の外観の色彩、敷地内の緑化、建物の外観や庭の維持管理等) 167 16.6%
4.NPO等のまちづくり団体(公園の花壇の設置・維持管理等) 37 3.7%
5.その他 27 2.7%
無回答 5 0.5%

(※1)http://www.mlit.go.jp/toshi/townscape/toshi_townscape_tk_000018.html

この結果から分かることは日本人は「自分(=国民)たちは景観をよくしていくほどの力はないが、行政や民間企業が良くしてくれたものをありがたく使わせてもらおう」という考えを持っているのではないでしょうか。

景観規制についてはここでは詳しく書かない。興味のある方はロンドンのディベロップメントプラン(Development Plan)で検索してほしい。

日本人からすればロンドンの景観規制(例えば商店の看板が出せない・パラボラアンテナが取り付けられない等)は厳格すぎるし、大袈裟だと思う人も少なくないでしょうが、その意識の差が無電柱化率の差に表れているのだと思います。

日本とイギリスの電気の歴史

ここまで日本とイギリスの景観に対する意識の差を書いてきました。しかしイギリスが初めから景観を目的として無電柱化を行っていたわけではありません

景観の重要性を認識することは非常に重要ですが、景観を主目的とした無電柱化だけでは現実問題として進行しづらいでしょう。そこでまず両国の歴史を紐解いていく事によって、どこで違いが生まれたのかを考察してみます。

イギリスの電気の歴史

18世紀後半から始まった産業革命によってイギリスの電力需要は一気に高まりました。ロンドンは街が成熟しつつあったため、電気供給の際に架空線化地中線を選択する場面において地中線を選択しました。しかし景観阻害防止が主目的ではありませんでした。

小説の題材がつきないというのはそれだけ犯罪率が高い?

ロンドンの18世紀後半から19世紀後半といえば、シャーロックホームズの舞台や切り裂きジャックの事件の歴を見ればわかるように犯罪率が非常に高い状態でした。そこでロンドンでは薄暗い路地を無くすための「治安維持活動」の一環として街灯を立てることを重要な公共事業と位置付けていました

当時の街灯はガスと電気の二種類の方式がありあました。当然、二種類の事業者は競合していたのですが、ガスは最初から地中に埋設されているのに対して、電気は架空線と地中線を選べる状況にあるのは不公平(架空線の方が圧倒的に安く街灯を敷設できる)という声がガス会社から上がりました。

18世紀のロンドン国会

そこでイギリスが1882年に「電灯事業法(The Electric Lightning Act)」を制定し、そもそも地上もしくは上空に電線を設置することを禁止しました(※1)。これによってガスと電気とが公平に競争できるようになったのです(※2)。

つまり何が言いたいかというと、もともとイギリスの地中化の原因は経済競争の公平さを保つものであって、景観保全のためではないということです。

(※1)The Electric Lightning Act:”9.Electric line above ground: restriction as to.”より

(※2)公平な競争とはいえ必要以上強い規制(“26. Power to Local Authority to purchase undertaking and works after certain periods”等)も盛り込まれており、イギリスの電気事業はこの法律改正まで足踏みをすることとなった。

日本の電気の歴史

日本の電気の歴史はどうでしょうか。長い鎖国の時代から大政奉還を経て、文明開化していく事は周知の事実です。また富国強兵を合言葉に電化を推し進め、1912年には東京市内に電灯がほぼ完全普及しました。

無電柱化においては1911年に地中配電線を初めて採用した後、1919年には電気工作物規定が取り決められ、市街地での原則地中化を義務付けました。またこの規定には「市内の人家の多いところでは(中略)直接埋設式・管路式いずれかによること」と記されています。

19世紀初頭の東京。現在よりも整然としている。

しかしながら1937年の日中戦争を皮切りに戦乱の時代が続き、太平洋戦争終結時には本土が焼け野原となってしまいました。焦土と化した日本を復興するために大量の電力需要が生まれ、対応策としてコストの安い電柱を「仮置き」しました。その後、朝鮮戦争勃発による特需景気等によって好景気が続き、それとともに日本中に電柱が林立していきました。

仮設であったはずの電柱をいざ撤去しようと1986年に第一期電線類地中化計画が策定され、キャブシステムを用いて無電柱化を行う動きが始まりました。

しかしながらいざ行ってみれば、1㎞5億円(架空線の約23倍)もかかるキャブシステムはコストがかかりすぎ、結局行き詰ってしまいました。

現在の日本

ここまでが日本における電柱の歴史についてのおさらいです。日本が復興の際に架空線を使用したことが間違っていたとは思えません。しかし21世紀にはいっても無電柱化が進まない理由はコストが高いだけでしょうか。

イギリスと日本の制度の違い

コストのみが問題であれば、日本も解決できそうなものです。しかし現状電柱の問題が解決したとは到底言えません。ここで制度の違いをみてみましょう。

冒頭に「共通点が多い」と書いたが無電柱化に関しては驚くほど違う。

イギリスの例を用いますと、先述した電灯事業法によって架空線は禁止されました。そして130年以上も地中化を守っています。現在では「送配電料金の規制方式(RIIO :Revenue=Incentives+Innovation+Outputs)」の収入査定の対象に景観や信頼度の項目があるため、無電柱化の促進(維持)に間接的に寄与しています。

しかし、日本は70年以上前に敗戦してからずっと架空線を用いてきました。また日本で無電柱化が始まったのは30年ほど前の話です。さらにその時点での電柱に対する制限は特になく、実際に法律が誕生したのは2016年の「無電柱化の推進に関する法律」です。

そして、日本で初めて誕生した電柱に対する制限は、道路法第37条に基づく「緊急輸送道路における電柱の新設の禁止」ということのみです。

また財政上の制度も異なります。イギリスで無電柱化を行うのは電気事業者です。国や地方自治体が補助するわけではありません。しかし、日本で無電柱化を行う際の電気事業者の費用負担は総額の1/3となっています。イギリスに比べれば日本の電気事業者は天国のような環境で無電柱化を行っているわけです。また、日本は架空線に対する規制が非常に弱くわざわざ高額なコストを支払って無電柱化を行うメリットが薄いのかもしれません。

引用:http://www.mlit.go.jp/road/ir/ir-council/chicyuka/pdf03/09.pdf

無電柱化がをもっと促進する方法として電柱の占用料の引き上げが考えられます。無電柱化の推進に関する法律では電柱の外部不経済性を示唆する文章も盛り込まれています。このあたりのことを詳しく書いた記事はこちら。

無電柱化と占用料との関係

日本とイギリスの工事方法

工事の方法でもかなりの違いがあります。下の図を見てみましょう。

イギリスではケーブルを地下に直接埋設する方式を採用しているのに対して、日本は無電柱化の際に電線共同溝方式を用います。もちろんメリット・デメリットはそれぞれにありますが(※1)、直接埋設方式は0.8億円に対し、電線共同溝方式は約3.5億円の費用がかかります。国や電気事業者はともかく地方自治体には重過ぎる負担に耐えかねて無電柱化を断念するケースも少なくありません。

 

(※1)直接埋設方式では地下の状況がほとんどつかめず、断線すれば非常に長い期間停電することになる。メンテナンスのしやすさでは電線共同溝に分があると考えてよい。実際、イギリスなどの無電柱化先進国では都市部の停電に対する住民からの苦情によって徐々に管路方式に切り替えているという。

また日本において停電というものはめったに起こらないというイメージが定着している。電気事業者は停電が起こると民間事業者から訴訟を起こされるケースもあり、より安定した電力を供給できる電線共同溝を選択したいという思惑も理解できないことはない。要は様々な技術の使い分けであると思う。

日本の無電柱化問題を解決する方法

様々な違いがありました。日本の電力事業者はイギリスよりも良い環境で無電柱化を行っているにも関わらず、対応は決して素早いというわけではありません。ではどうすれば解決するでしょうか。

イギリスで行われたように「架空線を禁止する」という法律を作るという手もありますが、現実的ではないでしょう。東京都だけでも道路延長は約2.4万㎞あり、これを電線共同溝方式で無電柱化するとなれば単純計算で8兆円以上もかかってしまいます。平成31年度の国土交通省の予算が7兆円弱、東京都の予算が7兆円強ですから、国交省と東京都の予算合計の60%の支出ができるとは思えません。

日本の現実的な方法としては占用禁止を拡大し、①すべての道路での新設電柱の占用禁止②一部道路での既設電柱の占用禁止③完全禁止等の段階を踏んで無電柱化を進めていく事が妥当かと思われます。

早期の無電柱化が期待されているのにもかかわらず、気の遠くなるような年月を要することは間違いないでしょう。

まとめ

1922年の東京、日本橋通。

長らく文章を書いてきましたが最後にこれまでのことをまとめてみましょう。

イギリスは19世紀末に強力な法律を施行して、架空線をすべて排除してしまいました。また時の流れとともに景観に対する愛着がわき、今では電柱があること自体が不思議なことだと思うまでになっています。

しかし日本は無電柱化を行うのが遅すぎた結果、電気事業者や通信事業者の利権等が絡み合い、強力な法律が作るまでには至りませんでした。それとともに、安定供給を理由にメンテナンスが容易な方法を選択したがゆえにコストがかさみ、活発な無電柱化が行われなくなってしまいました。

また日本人の街づくりに対する関心も「自分たちで街をよくしていく」という方向ではなく「国がやってくれる」という考え方が定着していきました。したがって、いたるところに電柱があってもだれも見向きもせず、不思議にも思わないのです。

「第二次世界大戦後の復興を行う際に、イギリスは街を元通りにしようとしたのに対して、日本は敗戦国で貧しく、電力の急激な需要に対応できるように安価な架空線を選択した。」の裏にはさまざまな理由があることが分かったと思います。

景観への無関心とコストの低い架空線が重なってできたのが今の東京の街並みです。この先日本の無電柱化が成功するか否かは国民の景観への関心と技術進歩による低コスト化にかかっています。

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参考文献

第4回無電柱化推進の在り方検討委員会配布資料3「海外の無電柱化の状況」、<http://www.mlit.go.jp/road/ir/ir-council/chicyuka/doc04.html>、(2019/3/4アクセス)

第4回無電柱化推進の在り方検討委員会配布資料4-1「無電柱化の歴史(道路上の電柱・電線にかかわる年表)」、<http://www.mlit.go.jp/road/ir/ir-council/chicyuka/doc04.html>、(2019/3/4アクセス)

小池百合子、松原隆一郎(2015)「無電柱革命」PHP新書.

坂本倬志(1986)「フェランティと近代電力経営の構想-初期イギリス電力産業における革新と挫折-」長崎大学経済学会

電気事業連合会、「電気の歴史(日本の電気事業と社会)」、<http://www.fepc.or.jp/enterprise/rekishi/>、(2019/3/4アクセス)

第4回無電柱化推進の在り方検討委員会配布資料3「海外の無電柱化の状況」、<http://www.mlit.go.jp/road/ir/ir-council/chicyuka/doc04.html>、(2019/3/4アクセス)