はじめに

家の周りの電柱が無くなると地価が上がる?

街の電柱が無くなることにより防災・景観の観点から町が強化されることは様々なところでいわれていますし、当NPOのHPでも紹介しました。無電柱化された街は電柱・電線だらけの街よりも防災・景観の分アドバンテージがあるわけですから、その街の価値が上昇することも納得できます。しかしながらこれまで、「無電柱化事業の経年的な整備実績」と「地価に及ぼす影響」との因果関係を具体的な数字として説明されてきませんでした。

今回は第5回無電柱化推進展で当NPO主催のミニセミナーで講演された大庭哲治京都大学大学院准教授の論文「着手・完了・抜柱時点を考慮した無電柱化事業が周辺地価に及ぼす因果的影響」を参考に、「家の周りの電柱が無くなると地価が上がる?」という疑問を出来るだけ分かりやすく説明していきたいと思います。

第5回無電柱化推進展の結果報告はこちら

【結果報告】第5回無電柱化推進展

目次

  1. どうやって調べるのか?
  2. 差分の差分法とは?
  3. 家の周りの電柱が無くなると地価が上がる?
  4. まとめ

どうやって調べるのか

今回調べたいことは「無電柱化と地価がどのように関わり合っているか」ということです。これをどのように紐解いていくかという方法を決める必要があります。

一般的には、無電柱化される前の地価と無電柱化された後の地価とを比べれば一回の計算でどの程度地価が上がったかを計算できると思うでしょう。ここでもう一歩進めて考えてみます。

つまり、「ここで計算できた地価の変動は純粋な無電柱化だけの理由なのか?」ということを考えてみます。一般に地価の変動は国内外の為替や税制度の動向だけでなく外国人観光客の影響等も受けるといわれています。よって普通に計算するだけでは、純粋な無電柱化の効果のみを取り出すことができないことが分かると思います。

無電柱化が地価に及ぼす影響を調べる

ではどうやってこの問題を解決するのでしょうか。今回はこの問題を「差分の差分(Difference-in-Differences:DID)法」を用いて無電柱化が地価に及ぼす影響を明らかにしていきましょう。

差分の差分法とは?

ここでいきなり出てきた差分の差分法について解説を行っていきたいと思います。一般的な差分の差分法についての解説は次の画像の通りとなります。

これだけを見ても無電柱化と地価の問題にどう関わり合いがあるのかピンときません。そこで今回の問題に当てはめて順に説明したいと思います。

まずは上の図の「時間」について考えてみましょう。地価が時間とともに刻一刻と変化していきます。これらの地価の情報をすべて処理することは非常に困難になることは明白です。そこで今回の研究では京都市のご協力のもと、無電柱化事業の3つのタイミング、つまり着手、完了、抜柱無電柱化の工事は通常①取り掛かる時②電線を埋め終わったとき③電柱を撤去した時の3つの段階に分かれています。)の3つを時間の点として取り出します。

こうすることによって上で述べたような地価の変動と無電柱化事業のタイミングの関連性を捉えることができるようになります。

次に原因を受けた結果原因を受けていない結果が何なのかということについて考えてみましょう。当然ここでいう「原因」は「無電柱化事業」であることは明らかです。この研究では「原因を受けた結果」に「無電柱化事業実施箇所から直線距離で50mまでの地域」又は「無電柱化事業実施箇所から直線距離で200mまでの地域」と定めています。(※1)

「無電柱化された場所から50mしか離れていない場所ってかなり狭いのでは?」思われた方もいらっしゃるかもしれませんが、この研究ではそもそも「無電柱化事業の影響は広範囲に及ばない」ということを前提条件としています。実際、無電柱化された道路から1㎞離れた、電柱だらけの道路から無電柱化の恩恵を感じることは非常に難しいことは想像に難くないでしょう。

また、この研究では無電柱化事業の整備区間ごとに影響を考えているので、無電柱化の整備がとても長い区間や、面的に広範囲な場合、さらには整備区間が連続してネットワーク化されたような場合は考えていません。

こういった場合はやや広範囲に影響を及ぼす可能性がありますが、この場合の無電柱化が及ぼす影響を考慮した研究は今後の課題となっています。

無電柱化事業実施箇所から50m又は200mまでの場所以外の場所では無電柱化の恩恵がないと仮定する。

一方で原因を受けていない結果に関しては「対象地域の内から原因を受けた結果=無電柱化事業実施箇所から直線距離で50m又は200mまでの場所を除外したすべての場所」を範囲としています。これについても直感的に理解できるのではないでしょうか。(※2)

これ以外にも様々な検討が行われていますが、ここでは割愛させていただきます。(※3)

ここまでわかったことを簡単にまとめてみましょう。この研究における差分の差分法」とは「無電柱化事業実施箇所から直線で50m又は200mまでの範囲対象地域以外との地価を無電柱化事業の3つのタイミング(着手または完了または抜柱)別に比較する」ということに置き換えられることが分かったかと思います。

※1・・・処置群の条件の選び方は50m単位で0m~500mの10種類のDID分析を別で行い統計的に有であったものを使用しているそうだ。また無電柱化事業におけるスピルオーバー効果に触れている研究は皆無なため今回は独自モデルを設定して検証している。

※2・・・先ほどと同様研究蓄積が皆無なため、今回の手法以外の対照群の選定手法の検証は行われていないようだ。

※3・・・平行トレンド仮定によるバイアスの影響低減のため、パネルデータを2期間に分割したことや、パネルデータ分析のモデルを採用するための統計的検定など。

家の周りの電柱が無くなると地価が上がる?

さてここからが本題です。2000年度から2018年度までの地価公示データと京都市電線類地中化実績データを用いて差分の差分法を用いた結果、以下のような結果になることが分かりました。なお、この結果は京都市のケースを分析したものであり全国一律でこの変化を保証しているわけではありません。

着手・完了・抜柱時点を考慮した無電柱化の限界効果比較

得られた結果から無電柱化が周辺地域に与えた影響を考えてみます。
まず2000年~2009年までの間では0m~50mと0m~200mの間にはほとんど差はありません。一定して約10%から12%の上昇率であることが分かると思います。
次に2010年から2018年度の期間では0m~50mという無電柱化事業実施箇所に隣接した地域において3つのタイミングで大きく増加していて、抜柱後では約20%程度上昇したことが分かります。一方で少し離れた0m~200mでは地価上昇率が隣接地域の上昇率に及ばないことが分かりました。

これらのことをまとめると近年の無電柱化事業による地価への影響は無電柱化実施箇所から近ければ近いほど大きく、距離とタイミングによっては約20%程度上昇することが分かります。
また、近年での抜柱後の地価上昇率がかなり大きくなる原因について大庭先生は「景観系の無電柱化事業では並行して路面や植栽等の修景工事も行われるため、抜柱後に強い影響を与えているのではないか」と推察されています。

近隣住民の方と事業関係者が二人三脚となって取り組んでいけば、無電柱化の効果を最大限まで生かすことができる。

ここで重要なことが「無電柱化事業は抜柱までしなければ最大の効果を発揮しない」ということにあると思います。近年の無電柱化事業の中には長い年月を要して抜柱年度が未定な区間もまだまだ存在します。実施箇所の近隣住民の方をはじめとする関係者間の抜柱に向けた協力がいかに大事かを示す結果となりました。

まとめ

家の周りの電柱が無くなれば地価が上がる?」という質問に対して、差分の差分法という統計学の手法を用いて解き明かしてきました。結論としては「無電柱化によって地価は最大20%程度上昇する」ということが分かりました(※1)。もちろん今回の結果は京都のケースを分析したものなので、全国一律でこのような結果になるとは限りません。またこの上昇率を発揮させるためには地域住民をはじめとした関係者全員の協力が不可欠であることが分かったかと思います
無電柱事業は自らの財産の価値が向上するだけでなく、防災・景観といった意味でもメリットの多い事業です。どうか自分が住む街をよりよくする工事にご協力いただけると幸いです。

※1・・・この研究結果は最新のものなので現在、この研究成果について第三者の学術的検証を行っている。また、ほかの研究者が行っているほかの都市や別の手法でのケース事例の結果などを今後持ち寄ることで、さらに日本における無電柱化の効果を正確に測ることができるようになる。

参考文献

大庭哲治:着手・完了・抜柱時点を考慮した無電柱化事業が周辺地価に及ぼす因果的影響,土木計画学研究・講演集Vol59,2019.6

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